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槍ヶ岳周遊 おまけ ---ウェストンが見た日本人---

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ウェストンと言えば、大昔に日本アルプスを母国英国で紹介したらしき宣教師で、ゆかりの地に銅像やらレリーフがある「ウェストン祭」の人、という程度のイメージが一般的だと思います。


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その著作「日本アルプスの登山と探検」を読んでみると、当時の素朴で礼儀正しくちょっと間抜けな日本人がたくさん登場し、山行記録の価値とは全く別の次元で日本の山村風土記として滅法面白く、そしてウェストンのユーモアと慈愛に満ちた記述からは、現代にも通じる日本の国民性が感じられます。



■平湯・旗鉾

がっちりした樵夫(きこり)が、伐採中の事故で脚に負ったひどい傷跡を見せた。私が思わず同情のそぶりを示すと、彼は微笑を浮かべた。この手の不思議な日本人は、苦痛に対して呆れるくらい鈍感である。これはたしかに私たちとまったく違う神経組織を持っているためだろう。東京で見たあるジンリキシャ引きも、そういう珍しい人の一人だった。私が車夫の「溜り場」を通りかかったとき、彼は自分の脚の傷をじっと見ていたが、やおら火箸をとると、そばの火鉢からまっかな炭火をつまみあげ、ジュっという音をたてて傷口に押し付けた。焦げた肉からゆらゆらと煙が立ち昇った。彼は終始無頓着な態度を変えず、私が驚いて叫び声を上げると、こちらを振り向いて豪放に笑った。そのほかにも日本の病院でたびたび悲惨な場面に出会って胸を突かれたことがあるが、病人たちはめったに呻き声をもらさなかった。



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梓川



■乗鞍登山後平湯にて

翌日は静かに身体を休めたいところだったのに、土地の人たちが私たちの部屋のまわりに集まって、見世物の猛獣の檻でも覗くようにひっきりなしに覗きこむので、とてもそんなわけにはいかなかった。とりたてて非難すべき行為があったわけではない。彼らはまったく静粛で、すこしも粗暴な振舞いはみせなかった。私たちが迷惑しているなどとは夢にも思わないのだ。彼らの好奇心が煩わしいと思うこちらの気持ちを理解できないのである。しかし、こちらが何かのはずみに立ち上がりでもすると、彼らは驚いてとびあがり、文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまうのであった。もっと大きな町でも、外国人がたまにどこかの店に立ち寄ると、黒山のように人が集まってきて、店の品物を珍しがる客を、それ以上に珍しがってじろじろ観察するのである。そんな場合に、彼らを追い払う一番いい方法は、静かに向き直って、彼らの足元をじっと見つめるのである。そうすると彼らは、仲間同士でそわそわ目交ぜをしながら、その足をポケットに隠したいとでもいうようにもじもじしはじめる。結局彼らは、その足のやり場に困るのか、感じの悪い薄笑いを残して、一人、二人と去ってゆく。簡単で効果的なこの方法を教えてくれたのはあるイギリス婦人だが、この方法で失敗したことはまずないと言っていい。



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六百山


■甲州街道

あるところでは、奇妙な光景に度胆を抜かれたことさえある。20ヤードくらい向こうの土手の上の民家の庭先に木造の台があって、その上に紛れもない人間の首が載っているのだ。乱れた黒髪は逆立ち、ぐっと見開いた眼には驚愕の表情が浮かんでいる。近寄ってよく見きわめようとすると、幻は消えた。それは涼しい午後のひととき、その家の主人が入浴を楽しんでいるところだったのだ。彼は市場の人々と同じように、まわりの景色を眺めたり、通りかかる人と世間ばなしをしたりすることのできるところで、風呂を使うのが好きだったのである。



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明神池


■小渋温泉

人里離れたこの貴重な施設を管理しているのは、七十三歳の白髪の老人だった。この人の礼儀正しさと言ったらまた格別で、「ここは不潔で不便だからお困りでしょう」と何遍も何遍も詫びをいうのであった。そして控え目ながらどこか誇らしげに、ひと包みのユバナ(湯の花)を私にくれた。これは硫化物が沈殿して固まったもので、家に帰って本当の鉱泉がないときにこれを使えば結構な温泉ができるというのである。この人の腰の軽いことといったら、その年配の人としては驚くべきもので、じつにこまめに気を遣ってくれたが、後で気の毒に思ったのは、その家で(お粗末ながら)いちばんの部屋に入っていた人たちを、私の知らぬ間にほかの部屋に移らせていたことである。彼はこのささやかな心尽くしへの見返りとして、一つだけ聞いてもらいたいことがあると言った。それは「洋風」に食事するところを見せてくれというのである。私が鶏のカレー煮の缶詰や、米飯やジャムを食べ、ココアで口直しするのをじっと見守っていた老人の不思議そうな顔つきは、いつまでも忘れられそうにない。粗末な階段の最上段に坐って、なにか叱言(こどと)を言いたそうにしていた彼の顔は、野獣が餌を食うところを見ている動物園の見物人にそっくりだった。彼は、その一生を日本のもっとも草深い山里で送った、貧しい「無教育な田舎者」である。しかしこの人のような真の意味での紳士には、日本でも、他の国でも、私は出会ったことがない。


■松本平

穂高山登山の計画を笹井元治(信濃屋の若主人)に洩らすと、彼はすぐ、いっしょに行くと言い出した。しかし月曜日の朝になって私が出発しようとしていると、彼は見たところ機嫌のよさそうな顔つきでやってきて、「一緒に行かれなくなりました」と言った。友人が亡くなったという知らせがあったので、お葬式に行かなくてはならないのだと言う。彼はそれを言うのに薄笑いを浮かべていた。こういう話をするときに、日本人がしばしば見せる奇妙な笑いは、この種の事柄についての彼らの考え方を知らないヨーロッパの人々をつねにとまどわせる。それは多くの場合、同情心が欠けている証拠として誤解されがちだが、じつはその笑いのかげには、しばしば断腸の思いが隠されているのである。(中略)

表情の豊かなヨーロッパ人ならほとんど悲しみを隠そうとしない場合でも、極東のスパルタ人ともいうべき日本人は、ほかに理由がないかぎり、感情を表に表わすのは礼儀にもとると考えるのが普通なのだ。その結果として日本人は、ヨーロッパ人と違って感情をあらあにしないので、そういう情緒が欠けていると誤解されてしまうのである。


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上高地(真ん中)と槍・穂高連峰



■神坂峠

不思議なことと言えば、この辺の人たちは私たちにほとんど興味を示さなかった。今までこの峠を通った外国人がいないのだそうで、彼らは私の料理人にこっそり耳打ちして、「このあたりでは見かけないが、日本人にしてはずいぶん大きな連中だね」と言った。あるお婆さんは私たちが外国人だというのを信用しなかった。世の中にそんなものがいるということすら聞いたことがないのだ。彼女にとっては日本だけが世界だった------いやはや、なんとも。


■富士山

太郎坊小屋のすぐ近くで、一人の年老いた隠者が小さな台座に黙然と坐っているのを見た。その台は瞑想と祈りのために彼が自分で造ったものである。私たちの質問に答えて、彼は潔斎と克己を成就しようとして山に登ったが、目的達成のために水よりほかには口にせず、森の木々よりほかに友をもたず、ここがもっともよい場所だと思って坐っているのだと言った。



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朝霧高原から



■姫川の巡査

彼はただちに私たちの計画(日本アルプス縦断)に賛成して、いろいろ情報を集めるのに力を貸してくれたばかりでなく、私たちが四、五日その地方を歩くあいだ、ぜひとも同行したいと申し出た。

彼はどんなときにも穏やかで親切だった。偶然その夜、私がハンモックから落ちて、ぐっすり眠っていたその人の上に墜落した時も、彼は自分の迷惑はおくびにも出さず、自分が邪魔なところにいたことを丁寧に、謙虚に詫びるだけだった(「オジャマイタシマシタ」)。



■平湯の鉱山

私たちが監督といっしょに休んだ部屋は、鉱夫たちが眠る二つの大部屋の間にはさまれていた。私たちが眠ろうとして床についたとき、片方の部屋が騒々しくなった。旅回りの講釈師が三味線弾きを連れてやってきたのだ。鉱夫たちは夜分、娯楽を求めて下の谷まで下りてゆくことができないので、芸人がマホメットのように山へ登ってこなくてはならない。私たちにとって不運なことに、ちょうどその夜はその催しが行われるところだった。鉱夫たちがいったんこういう芸人を招いたとなると、払った料金だけ楽しまないうちに帰らせることはまずありえない。日本人は遊びごとにかけてはまったく天才だから、演芸は夜半まで続いた。



■平湯

亭主や蚤や、その同類の邪魔者どものことがようやく頭から消えたと思ったら、こんどはもっと恐ろしい敵が現れた。ここへ「湯治」にきている日本人の客が、隣の座敷で盛大な酒盛りをはじめたのである。日本人の酔っ払いだけが心得ている子供じみた乱痴気騒ぎを聞いていると、ほんとうに仕返しをしてやりたくなった。いくら苦情を言っても、窘めても、どうにもならない。五時間も寝返りをうち続けているうちに、とうとう疲れはてて眠ってしまった。



■橋場

増水による収益は莫大(流木を売って村の収入にできたため)なもので、そのため川の神様に捧げる臨時のマツリが水曜日の晩に行われることになった。困ったことに、大勢の若者がこのときとばかり、私の泊まっている旅館を宴会場に選んでくれた(実のところ、村にはこの旅館しかなかったが)。彼らのどんちゃん騒ぎは数時間も続いたので、その夜はまるでひどいことになってしまった。そればかりではない。さんざん迷惑をかけた上、なお侮辱を加えるつもりなのか、数日後に勘定を取り寄せてみると、彼らの飲んだ酒まで私の払いにつけてあった。



■高山

町の入口に近づくと、向こうからちらちら動く光がやってきて、やがて赤い灯をともした日本のチョウチンが現れた。チョウチンをさげた人は深々と頭を下げて、「私は皆様をお迎えに参りました者でございます。宿では皆様をお待ち申し上げております」と言った。この高山の町が、いつまでもあの世界漫遊者のてあいに侵されずにいたらいいのに、と私は思う。彼らはまだ開港場やその周辺の名所ぐらいにしか姿を見せないが、そこでは残念ながらすっかり評判を落としてしまったし、さらに悪いことに、その傍若無人ぶりは隠れもないので、彼らのお国ぶりまでがそんなものだと見くびられ、この紳士の国の人々の軽蔑を招いているのである。連中の立ち回ったところは、接触した人々の風儀が乱れているのですぐにわかる。「その触るるところ穢れざるはなし」というのは、まったくの真理だ。



引用:「日本アルプスの登山と探検」 ウォルター・ウェストン著 岩波文庫


Walter Weston, 18611225日~1940327


by shigakukai | 2019-06-18 11:00 | 春の山 [Spring] | Comments(0)


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